大阪地方裁判所 平成9年(ワ)6775号 判決 1998年7月17日
原告
谷口順也
右訴訟代理人弁護士
片見冨士夫
同
浅野博史
被告
株式会社大通
右代表者代表取締役
松本多磨枝
右訴訟代理人弁護士
佐伯照道
同
小瀧あや
同
奥田孝雄
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実及び理由
第一原告の請求
原告が被告に対し従業員として雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
第二事案の概要
本件は、被告から退職扱い又は解雇された原告が、退職していない、あるいは解雇は解雇権濫用に当たり無効であるとして、被告に対し、雇用契約上の地位の確認を求めた事案である。
一 争いのない事実
1 原告は、主に自動車貨物運送業を営む株式会社である被告に、平成七年二月に雇用され、主として、光洋精工株式会社(以下「光洋精工」という。)の国分工場に定期的に線状鋼材を運搬、荷積、荷降する業務に従事していた。
2 被告は、平成八年九月五日付け書面において、原告に対し、原告の退職申出の承諾又は原告の解雇を通知した。
二 被告の主張(原告の退職又は解雇)
1 本件に至る経緯
(一) 原告は、光洋精工の国分工場(以下単に「国分工場」という。)において、定期的に鋼材の搬入作業に従事していたが、常日頃から、<1>フォークリフトの運転が粗雑で、同工場内のマシンの操作盤あるいはサンプル置き台にフォークリフトを衝突させて損傷を与えたまま謝罪もせず申告もしない、<2>所定の架台に鋼材を置かず、注意されても是正しない、<3>同工場の入口の自動扉にフォークリフトを衝突させる、<4>フォークリフト運転中の言葉が粗雑である、<5>鋼材納入指示書を持ち帰ることを忘れる、<6>鋼材の返品を指示されても素直に指示に従わない、等の言動が見られた。
(二) 原告は、平成八年八月二三日午後五時頃、国分工場において、フォークリフトによる鋼材搬入作業に従事していた際、光洋精工の従業員である松吉啓孝(以下「松吉」という。)が、原告の運転するフォークリフトの横を通り抜けようとしたところ、松吉に対し、「ちょっと待て、嫌がらせしてるんか。誰かに頼まれてるんか、そっちを通ったらええやないか。」と怒鳴りながらフォークリフトを降り、同人の胸のあたりを小突いた。原告は、さらに、「すまんな、気い付けるわ。」と謝って手洗い場の方へ向かった松吉を、フォークリフトに乗り、鋼材を吊り下げた状態のままで「ちょっと待て」と怒鳴りながら追いかけ、手洗い場付近でフォークリフトを降りて、同人に対し、「殺したろか。みんなに狙われてるぞ。大通だけやないぞ。」と大声で怒鳴り、流し台を安全作業靴で蹴って破損させた。
(三) 原告は、同日午後五時三〇分頃、国分工場転子生産課区長の尾上良雄(以下「尾上」という。)らに対し、「あの髭の親父何とかせえよ。俺は会社を辞めてもいい。あいつを殺したる。」「上司が上司なら部下も部下や。しつけがなっとらん。」等の暴言を吐いた。
2 退職の意思表示(主位的主張)
(一) 平成八年八月二六日午後七時頃、被告の常務取締役である高田光弘(以下「高田常務」という。)は、原告に対し、原告の同月二三日の国分工場における言動は、得意先の従業員に暴言を吐き、手洗い場の流し台を破損させるなど、著しく不穏当なものであったとして、一週間の休職処分を申し渡した。しかしながら、原告は、「光洋側が処分されないのは不公平だ。一方的に俺だけが処分されるくらいなら、会社を辞めたるわ。」と言って、同僚の増山幸男(以下「増山」という。)の制止を振り切って、被告の事務所を出て行った。
原告は、同月二七日は出社しなかった。
(二) 右は、被告に対する確定的な退職の意思表示であり、右意思表示が被告に到達した時点で原被告間の雇用契約は終了した。
3 解雇(予備的主張)
(一) 解雇の理由
原告は、平素から前記1(一)記載のとおり勤務態度が不良であったところ、前記1(二)(三)記載のとおり、被告の重要な取引先である光洋精工の従業員に対し、暴行脅迫及び危険行為に及び、また、暴言を吐いた。また、その際同社の器物を破損させた。
そして、前記2(一)記載のとおり、被告が、右行為について、原告に対し一週間の休職処分を申し渡したところ、原告は、光洋精工の社員の処分を求めるなど全く反省が見られず、反抗的態度を示し、「会社を辞めたる。」と言って飛び出し、被告の右職務命令に従わなかった。
原告の右行為は、いずれも被告との信頼関係を完全に破壊する行為である。
(二) 解雇の意思表示(なお、以下「本件解雇」ということがある。)
(1) 被告は、平成八年八月二八日、高田常務をして、電話で復職を求めてきた原告に対し、「復職は無理だから退職手続を取って欲しい。」旨申し渡した。これは、被告による解雇の意思表示である。
(2) 仮に右が認められなくとも、被告は、同年九月五日付け文書により、原告を解雇する旨の意思表示をした。
三 原告の主張
1 退職の意思表示について
原告が、「辞めたるわ。」という趣旨の発言をしたのは、被告が、原告の言い分を聞かず、光洋精工の言い分のみに基づき一方的に処分を言い渡してきたため、感情的になって、いわば売り言葉に買い言葉として、そのような表現をしてしまったのであって、原告の真意ではなかった。
被告も、原告の右発言を真意と受け取っていなかったことは、高田常務が出て行く原告を制止しようとしたこと、翌八月二七日に高田常務が原告に架電し、原告の意思を確認しようとしていることからも明らかである。
したがって、原告は、退職の意思表示をしていない。
2 解雇について
(一) 被告の主張する解雇理由について
(1) 原告の勤務態度について
被告が原告の平素の勤務態度として挙げる事項は、いずれも多かれ少なかれ他の作業員にも見られることであって、原告に特有のことではなく、また、原告がこれらにつき謝罪しなかったという事実はない。被告の主張は、仔細な事情をことさらに誇張、歪曲して問題視するもので、何ら解雇の正当事由になるものではない。
(2) 平成八年八月二三日の原告の松吉に対する言動について
原告は、松吉に対し、「そんなに死にたいんやったら、殺したろか。」と発言したが、これは、原告が以前より光洋精工の従業員からたび重なる作業妨害を受けていたところ、右八月二三日にも、松吉が、原告の運転するフォークリフトとトラックの間を通り抜けようとする危険な行為を取ったことから、松吉に対し注意したが、同人がこれを無視したため、思いあまって乱暴な発言をしてしまっただけである。このような事情を考慮すれば、右言動は解雇理由になるようなものではない。
また、原告が松吉をフォークリフトで追いかけた事実はなく、原告がフォークリフトに乗って作業を再開し、鋼材を運び込むために手洗い場の近くを通っただけである。松吉自身この行為を問題視していなかったことは、高田常務が右事件の直後、尾上から事件の内容を聞いたときにも、原告から追いかけられたという話が全く出ていなかったことからも明らかである。
(3) 同日の原告の尾上らに対する発言について
右発言は、同日の松吉とのトラブルの直後であり、普段注意しているにも関わらず国分工場の危険行為が一向に改まらないことにたまりかねた発言であり、また、原告がそのような発言をするに至った背景としては、原告が以前より国分工場において度重なる作業妨害を受けてきたという事実がある。
したがって、原告が多少乱暴な発言をしたとしても、それが解雇理由になるようなものではない。
(4) 職務命令違反について
原告は、八月二六日に休職処分を言い渡された時点では、不満を漏らして事務所を飛び出したものの、その後の高田常務との電話のやりとりにおいては、被告社長や光洋精工に対し謝罪の意思を表しており、反省もしていたのであるから、右二六日の原告の行為のみを捉えて職務命令違反であるとするのは、あまりにも乱暴である。
(五)(ママ) 解雇権濫用
右のように、被告の挙げる原告の勤務態度や言動は、いずれも解雇理由とはなり得ないものである。事実、被告も、一週間の休職処分が相当であると判断していたのであるし、原告を光洋精工の業務からはずし、配置換えすれば、何ら問題は生じなかった。しかしながら、被告のオーナーである松本彰三(以下「松本」という。)は、謝りたいという原告の意思を無視し、一方的に解雇に及んだのであって、本件解雇は、解雇権の濫用であり、無効である。
四 争点
1 原告が、被告に対し退職の意思表示をしたか否か。
2 本件解雇が解雇権濫用となるか。
第三争点に対する当裁判所の判断
一 当事者間に争いのない事実、証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。
1 原告は、大型免許及びフォークリフトの免許を有し、被告に入社後、平成七年四月頃から、国分工場において、フォークリフトを操作して線状鋼材を搬入する作業に従事していた。国分工場における原告の勤務態度は、おおむねまじめであって、光洋精工からも特に問題とされるようなことはなかった。
しかし、原告は、平成八年初め頃から、光洋精工の従業員が、原告のフォークリフトにことさら近づいたり、あるいは進路を妨害するなどして、原告に対し嫌がらせをしていると感じるようになり、その旨、高田常務らに訴えていた。このようなことから、原告は、平成八年八月頃には、光洋精工の従業員に対し、強い不信感を持つようになっていた。
2 同年八月二三日午後五時過ぎ頃、国分工場において、原告は、大型トラックから線状鋼材をフォークリフトを運転して降ろす作業をしていたが、フォークリフトの爪に線状鋼材を吊り下げ、一旦後退して前進しようとしたところ、後方から松吉が近づいてきたため、フォークリフトを停止させた。ところが、同人がトラックとフォークリフトの間を通ろうとしたため、従来より光洋精工の従業員からフォークリフトの操作を妨害されているように感じていた原告は、松吉が原告の操作を妨害しようとしているものと思い込み、これに激昂し、「ちょっと待て、いやがらせしてるんか、誰かに頼まれてるんか、そっちを通ったらええやないか。」と怒鳴りながら、フォークリフトを降り、松吉の胸を小突いた。
松吉は、これに対し、「すまんな、気いつけるわ。」と言って、フォークリフトの反対側を廻って手洗い場に向かったところ、原告が、フォークリフトに戻り、「ちょっと待たんかい。」等と怒鳴りながら、フォークリフトを運転して松吉の後を追った。
松吉がこれを無視して手洗い場において手を洗っていると、原告は、フォークリフトを松吉の左後ろに止め、降りてきて、同人に対し、「殺したろか、みんなに狙われてるぞ。大通だけやないぞ。」等と大声で怒鳴り、「尾上に言うとけ。おまえ病気上がりやからこれぐらいにしておいたろ。」と言って、流し台の角を蹴り、フォークリフトに戻った。
なお、原告が蹴った際、流し台が一部破損した。
3 原告は、松吉との右トラブルがあった直後である同日午後五時三〇分頃、光洋精工の従業員である原嶋博美(以下「原嶋」という。)が、「ええ車やなあ」と言って原告のトラックに近づいたところ、原嶋に対し、「俺会社辞めてもいい、仕返しにくる。髭の親父が。」と大声で怒鳴りつけた。そして、その場を通りかかった尾上や光洋精工の広本八郎転子生産課長(以下「広本」という。)に対しても、「あの髭の親父なんとかせえよ。俺は会社辞めてもいい。あいつを殺したる。」「このままではおさまらん。必ず仕返ししてやる。俺は並の人間とは違う。上司が上司なら部下も部下や。しつけがなっとらん。」等と怒鳴りつけた。
これを見た被告の従業員である吉原信介(以下「吉原」という。)が、「この場は任せてください。」と言ってその場を取りなしたため、ようやく騒ぎは収まった。
4 吉原は、右原告の光洋精工における言動等について、同日、被告の藤田課長に電話をして報告した。そして、藤田課長から報告を受けた高田常務は、翌八月二四日夕方頃、休日で仕事を休んでいた原告を呼び出し、前日のトラブルについて事情を聴取したところ、原告は、荷下ろしの作業の妨害をされたので注意した旨述べるとともに、次第に興奮し、「このまま行ったら、おれプッツン切れる。」と発言したため、高田常務は、原告を国分工場で働かせることは好ましくないと判断し、とりあえず光洋精工の仕事から離れてフリーの仕事をするように命じ、国分工場へは増山を行かせることとした。
5 高田常務は、右同日、吉原に電話をして、原告が光洋精工の従業員に対し大声で怒鳴っていた状況について聴取したうえ、同月二六日朝、光洋精工に赴いて尾上と面会し、当日(八月二三日)の状況について聴取した。
その際、尾上は、原告が松吉とトラブルを起こしたこと、原告が国分工場の流し台を蹴って破損させたことについて述べるとともに、原告の日頃の勤務状況についても苦情を言った。また、高田常務が、右流し台を検分したところ、原告が蹴ったとされる流し台の縁が欠けているのが確認された。
なお、このとき、尾上は、原告が松吉をフォークリフトで追いかけた旨の話はしていなかった。
6 高田常務は、同日(八月二六日)、国分工場から帰ると、松本に原告の処遇について相談したところ、松本は、とりあえず頭を冷やさせるために休職を命ずるよう指示した。これを受けて、高田常務は、同日午後六時頃、仕事から帰ってきた原告を呼び、尾上から聞いた内容について確認したところ、原告が、流し台を蹴ったことを認めたため、同人に対し、一週間の休職処分を言い渡した。
ところが、原告は、これに納得せず、「どうして自分だけが処分されるのか。光洋精工の人間も処分すべきだ。」と言ったため、高田常務が得意先でもある他の会社の人間を処分することはできないと説得したところ、原告は、非常に興奮し、「一方的なそんな処分あるかい。こんな会社やっていかれへんわ。そんな処分受けるくらいやったらもうこっちから辞めたる。」と言い、所持していた携帯電話で婚約者に対し電話をし、「もう辞めるさかいお前も腹決めときや。」と告げ、さらに、「もう辞めたるわ。」と言って事務所を飛び出して行った。高田常務は、同席していた増山に対し、原告を引き止めるよう指示したが、原告が事務所前に駐車してあった自動車に乗って走り去ったため、引き止めることができなかった。
高田常務は、増山に対し、当分の間原告に代わって国分工場で勤務するよう命じた。
7 翌八月二七日に原告は出勤しなかったため、高田常務は、原告の真意を確認するため、原告に電話をしたが、留守であったため、留守番電話に「一晩たって考えは変わっていないか。会社に電話をするように。」との内容のメッセージを吹き込んだ。また、同日、高田常務は、松本に対し、原告が休職処分に従わず会社を辞めると言って出て行った状況について報告したところ、松本は、そのようなことをする者には辞めてもらわなければならない旨答えたため、高田常務は、同日、原告の退職手続をとった。
8 原告は、翌八月二八日、高田常務に対し電話をし、復職させて欲しい、社長(松本)に会って謝りたい、光洋精工にも謝罪したい旨依頼したが、高田常務はもう退職したことになっているので無理である旨答えた。原告は、翌八月二九日にも高田常務と会って復職を求めたが、高田常務はこれを断った。
原告は、同月三〇日朝、被告に出社して荷物の積替えの手伝いをし始めたため、高田常務は、もう退職したことになっているのだから帰るように指示し、原告はこれに素直に従った。
原告は、同年九月二日、高田常務に電話をし、再度復職及び松本との面会を求めたが、高田常務はこれを断ったところ、原告は「分かりました。」と言って電話を切った。
9 原告は、同年九月四日、全日本建設運輸連帯労働組合の幹部らと共に被告を訪れ、同労組への加入通知及び現(ママ)職復帰を求める旨の要求書を被告に交付した。
これに対し、被告は、同月五日付け書面により、原告に対し、原告が同年八月二七日をもって退職したこと、仮にそうでないとしても、右書面により原告を解雇することを通知した。
二 以上の事実を前提に、争点について判断する。
1 原告による退職の意思表示について(争点1)
労働者による一方的退職の意思表示(以下「辞職の意思表示」という)。は、期間の定めのない雇用契約を、一方的意思表示により終了させるものであり、相手方(使用者)に到達した後は、原則として撤回することはできないと解される。しかしながら、辞職の意思表示は、生活の基盤たる従業員の地位を、直ちに失わせる旨の意思表示であるから、その認定は慎重に行うべきであって、労働者による退職又は辞職の表明は、使用者の態度如何にかかわらず確定的に雇用契約を終了させる旨の意思が客観的に明らかな場合に限り、辞職の意思表示と解すべきであって、そうでない場合には、雇用契約の合意解約の申込みと解すべきである。
かかる観点から原告が平成八年八月二六日にした高田常務に対する言動を見るに、原告は、「会社を辞めたる。」旨発言し、高田常務の制止も聞かず部屋を退出していることから、右原告の言動は、被告に対し、確定的に辞職の意思表示をしたと見る余地がないではない。しかしながら、原告の「会社を辞めたる。」旨の発言は、高田常務から休職処分を言い渡されたことに反発してされたもので、仮に被告が右処分を撤回するなどして原告を慰留した場合にまで退職の意思を貫く趣旨であるとは考えられず、高田常務も、飛び出して行った原告を引き止めようとしたほか、翌八月二七日にもその意思を確認する旨の電話をするなど、原告の右発言を、必ずしも確定的な辞職の意思表示とは受け取っていなかったことが窺われる。したがって、これらの事情を考慮すると、原告の右「会社を辞めたる。」旨の発言は、使用者の態度如何にかかわらず確定的に雇用契約を終了させる旨の意思が客観的に明らかなものではあるとは言い難く、右原告の発言は、辞職の意思表示ではなく、雇用契約の合意解約の申込みであると解すべきである。
したがって、右原告の発言が辞職の意思表示であることを前提とする被告の主張は理由がない(なお、念のために付言すると、本件においては、原告は、被告が合意解約の申込みに対する承諾の意思表示をするまでに、右申込みを撤回したというべきであるから、合意解約も成立していないと解される(それ以前に松本が高田常務の報告を受けて原告の退職を了承していたとしても、それは効果意思にとどまるのであって、承諾の意思表示がされたとは認められない。)。)。
2 解雇の効力について(争点2)
(一) 被告は、解雇理由として、(1)原告には、常日頃から、<1>フォークリフトの運転が粗雑で、国分工場内のマシンの操作盤あるいはサンプル置き台にフォークリフトを衝突させて損傷を与えたまま謝罪もせず申告もしない、<2>所定の架台に鋼材を置かず、注意されても是正しない、<3>同工場の入口の自動扉にフォークリフトを衝突させる、<4>フォークリフト運転中の言葉が粗雑である、<5>鋼材納入指示書を持ち帰ることを忘れる、<6>鋼材の返品を指示されても素直に指示に従わない、等の言動が見られたこと、(2)原告が、平成八年八月二三日、松吉ら光洋精工の従業員に対し暴言を吐き、同社の器物を損壊したこと、(3)原告が同月二六日、休職処分に従わず、「辞めたるわ。」といって飛び出して行ったこと(職務命令違反)、を挙げるので、以下検討する。
(二) 原告の国分工場における日常の勤務態度について
証拠(<証拠・人証略>)によれば、高田常務が平成八年八月二六日に国分工場に行き、尾上と会った際、尾上が原告の勤務態度について、前記<1>ないし<6>を指摘したことが認められる。しかし、右証拠によれば、これらは、<5>を除き、他の従業員らについても多かれ少なかれ見られる事柄であること、<5>も頻繁に繰り返されていた訳ではないこと、尾上も原告に具体的に注意をしたことはないこと、原告が松吉との間でトラブルを起こすまで、光洋精工側から被告に対し原告に関する苦情が申し立てられたことはなかったことが認められ、これらによれば、前記<1>ないし<6>の事実は、解雇理由になるような性質のものではないというべきである。
(三) 平成八年八月二三日の松吉らに対する暴言等について
前記認定のとおり、原告は、平成八年八月二三日、国分工場において、光洋精工の従業員である松吉に対して因縁を付け、その胸を小突き、さらに同人をフォークリフトで手洗い場まで追って行って「殺したろか。」との暴言を吐き、国分工場の施設である流し台を蹴って破損させたうえに、その後光洋精工の管理職である広本、尾上らに対し、「上司が上司なら部下も部下や。」等の暴言を吐いたものである。
この点につき、原告は、原告は従来から光洋精工の従業員から作業の妨害を受けており、松吉についても、原告が同人に道を譲ろうとしてフォークリフトをトラックに寄せて止めたところ、同人が幅約四、五〇センチメートルしかないトラックとフォークリフトの間を無理に通ろうとしたので、これを注意した際、思わず強い言葉を用いてしまったまでであると主張し、本訴に先立つ仮処分事件の審尋及び大阪地労委における審問において、原告本人がこれに沿う供述をしている(<証拠略>)。そして、原告が従来から光洋精工の従業員による妨害行為について高田常務に訴えていたことや、原告が松吉に対して発した言葉に照らせば、原告が前記のような暴言に及んだのは、松吉に対し、作業妨害を咎める意図によるものであったと認められる。
しかしながら、原告が訴える作業妨害というものは、いずれも偶発的にも生じ得る態様のもので、原告の供述によってもこれが組織的に行われたものであるとは到底考え難いものであるから、原告が従来より光洋精工の従業員から作業の妨害を受けていたという点は、原告の思い込みに過ぎないというべきである。また、松吉が幅約四、五〇センチメートルしかないトラックとフォークリフトの間を無理に通ろうとしたとの原告の供述は、フォークリフトとトラックの間は優に一メートルは開いていたとする証人松吉の証言に反するうえ、仮に線状鋼材を吊り下げた状態でフォークリフトをトラックと四、五〇センチメートルの距離に停止させたとすれば、その間を通ることは、鋼材に邪魔されてほとんど不可能であり、かつ極めて危険なことであって、そのようなことが行われたというのはにわかに信用し難い。したがって、証人松吉が証言するように、松吉は、フォークリフトの進行方向を邪魔しないように、一メートル程度開いていたフォークリフトとトラックの間を通ろうとしたが、原告が、これを作業を妨害しようとしたものと誤解したと認めるのが相当である。
また、原告は、フォークリフトで松吉を追いかけた事実はなく、工場の北側入口から鋼材を運び入れるために手洗い場の横を通りかかったところ、再度松吉と会ったに過ぎないと主張し、本訴に先立つ仮処分事件の審尋及び大阪地労委における審問において、原告本人がこれに沿う供述をしている(<証拠略>)。しかしながら、証人松吉は、原告がフォークリフトに戻った後、「ちょっと待たんかい。」と言って追いかけてきた旨証言しており、松吉の陳述書(<証拠略>)にも原告が追いかけてきた旨の記述がある。また、証人松吉は、原告は、手洗い場を蹴った後、来た方向に戻って行ったのであって、北側入口から入っていった事実はなかった旨明確に証言し、右陳述書にも同様の記述がある。証人松吉は、本件の被害者の立場であるが、本件訴訟に利害関係があるわけではなく、証言内容も具体的で信用することができるというべきであるし、同人の陳述書についても、事件から間がなく、記憶が鮮明な時期に作成されていること、(証拠略)によれば、実際に作成したのは被告であるが、内容は松吉が確認しており、誤った部分については同人から訂正の要請もあったことが認められること、松吉は原告の報復を恐れて地労委にも出頭しなかったほどであって、ことさら虚偽の事実を記載するとは考えにくいことを考慮すると、その内容はおおむね信用することができるというべきであるから、これらに反する原告本人の仮処分事件の審尋及び大阪地労委の審問における供述は信用することができない。もっとも、証人松吉も、原告が追いかけてきたことはフォークリフトのエンジン音で分かった程度である旨証言しており、特に逃げたりした様子は窺えないこと、八月二六日に高田常務が尾上から原告と松吉とのトラブルについて事情を聞いた際、尾上は原告がフォークリフトに乗って松吉を追いかけたことについては特に言及しなかったことに照らせば、原告が同人の後を追ったとしても、原告のフォークリフトと松吉の間には相当の距離があり、同人の身体に具体的な危険が生じるような状況ではなかったものと認められる。
以上によれば、原告の行為は、被告の重要な取引先である光洋精工の従業員を、原告の勤務場所であった同社の構内において脅迫ないし誹謗し、同社の器物を損壊させるというもので、被告の企業秩序上見逃すことのできない重大な行為であるといわなければならないが、松吉の身体に危険を及ぼすような危険行為であったとは認められない。
(四) 原告の職務命令違反について
前記のとおり、原告は、平成八年八月二六日、高田常務から一週間の休職処分を言い渡されたのに対し、全く反省の色を見せるどころか、光洋精工の従業員の処分を要求するという態度を示し、これが聞き入れられないと、「会社辞めたるわ。」と叫んで飛び出し、被告に対し退職の申込みをするとともに、右休職処分に従わない意思を明確にしたことが認められる。
原告の同月二三日の光洋精工の従業員らに対する言動は、前記のとおり、被告の企業秩序に重大な影響を与える行為であるから、これに対し、一週間の休職処分を行うことは、もとより相当なものであると考えられるところ(なお、<証拠略>及び弁論の全趣旨によれば、右休職処分は、被告の就業規則に根拠を有するものであることが認められる。)、原告の、これに従わず、上司の制止も聞かず会社を飛び出した行為は、被告の企業秩序を遵守しようとする意思に全く欠ける自己中心的な行為であるといわざるを得ず、被告との間の信頼関係に重大な影響を及ぼすものであるといわなければならない。
(五) 結論
以上のとおり、原告は、平成八年八月二三日に、重要な取引先である光洋精工の従業員に対し、同人に明確な落ち度もないにもかかわらず、自らの思い込みから、「殺したろか。」等の暴言を吐いて脅迫し、同社の設備である流し台を蹴って破損させたうえ、同社の管理職らに対しても「上司が上司なら部下も部下や。」などと誹謗する発言をし、右原告の言動を重く見た被告が、原告に対し、休職処分を言い渡したのに対し、「会社辞めたる。」と言って飛び出し、右休職処分に従う意思のないことを明確にし、翌日は出勤しないという行動に出たことは、いずれも、被告の企業秩序に重大な影響を与える行為ないし被告との信頼関係に重大な影響を与える行為であり、これに加え、原告が、いったんは退職の申込みをしたことをも考慮すれば、被告が、もはや原告との雇用関係を維持することができないと考えたことは、やむを得ないことであるといわなければならない。
そして、原告が被告に雇用されていた期間は一年六か月余りに過ぎないこと、原告はまだ三〇歳代前半であり、大型免許及びフォークリフトの免許を有し、再就職も困難ではないことをも併せ考慮すると、原告は、入社以来、おおむねまじめに勤務しており、過去に処分歴もないこと、原告は、退職の意思表示を遅くとも二日後には撤回し、社長に謝りたいと申し出るなど反省の態度を示したこと、被告には光洋精工の他にも、フリーの運転手を始め他に職種があること等を考慮しても、本件解雇が社会通念上著しく相当性を欠くものであるとまではいえないというべきである。
したがって、被告による解雇の意思表示(遅くとも、平成八年九月五日に行われたもの。)は、解雇権の濫用となるものではなく、有効である(なお、被告は、右解雇の意思表示において、原告が休職処分に従わなかったことについて何ら言及していないけれども、普通解雇が解雇権濫用に該当するか否かの判断に当たっては、解雇時に存在した事情は、たとえ使用者が認識していなかったとしてもこれを考慮することが許されるというべきであるから、本件解雇の効力を判断するに当たり、原告の休職処分に対する態度を考慮することは当然に許されるというべきである。)。
3 結論
以上の次第であるから、被告による解雇の主張は理由があるので、原告の請求は理由がなく、棄却することとする。
(裁判官 谷口安史)